Golden Age Projectのみなさま

こんにちは^^

わっきーです。

今日もブログに来ていただき

ありがとうございます。

大事な大事な仲間に

今より1ミリでも想いを伝えたい。

そんな感じで

今日もガッツリ想いのまま書かせていただきます。笑

なので多少の誤字脱字は許してくださーい。笑

それでは・・・今日の内容です。

ご存知だと思いますが

1月31日。

僕はJCCAを卒業しました。

雇用契約はなくなり

業務委託契約となりました。

まぁ簡単に言えば会社員ではなくなった。

そういうことです。

当たり前ですが・・・

僕は今、出社する必要がありません。

何時に起きて

何時に仕事をしてもいいです。

でも5:55に起きて仕事をしています。

帰りは日をまたぐときもあれば

むっちゃ早い日もあります。

なんというか自由です。

こんな自由になるんだ!!

というくらい自由です。

でも自由と引き換えに『責任』というものを

少しずつですが会社員時代よりも感じています。

結果が出なければキラれる世界。

頑張ったか頑張ってないかとか関係ない。

結果を出すか出せないか。そんだけ。

いや、結果を出すだけではなく。

出し続けることができるか。

そんな世界。

辞めてからひしひしと感じています。

で!!

おそらくお話ししておかなければならないのは

なぜ僕が辞めたのかという話です。

嫌いになったから?

 いーえ。大好きです。

 あんなに成長ができて仲間に恵まれている会社。

 そうそうないと思います。

肉体的に辛かったから?

 笑。たまに精神が肉体を凌駕して

 口内炎が5つほどできていた時期もありますが

 基本的には元気にやっていました。

じゃあ精神的?

 めっちゃ健康です。

 元気すぎてウザい、熱苦しいと言われていました。笑

じゃあなんで・・・??

どうしてもしたいことがあったから。

何を犠牲にしても

創りたいものを見つけてしまったから。

一度の人生。

二度ない人生。

どうしてもやりたい。

どんなリスクを負ってでも

やってみたい、なりたいものがあるから。

 松下村塾。

やっぱりこれを創りたいんです。

もう聞き飽きたって言われるかもしれないけど

僕はこれがしたい。

時代を変えていくような人たちと共育したい。

切磋琢磨して高め合う仲間が欲しい。

ご存知の通り

松下村塾は吉田松陰が主宰していました。

松陰は会ったことはありませんが

相当、ムチャクチャな人だったと思います。

鎖国で国外に出ることを禁止されていたのに

黒船に乗り込みオレを連れてってくれ!!

と直談判したのは有名な話です。

ちなみにこの時代。

国外に出ようとするのはかなり思い罪になります。

死刑です。

そのことを知りながらも

行動を止められない。

完全に狂気です。

でもそこには想いがあった。

『このままじゃ日本はダメになる。』

黒船を見てそう感じたそうです。

そんなムチャクチャな松陰。

最期は処刑され亡くなります。30歳。

ある意味、松下村塾は

松陰が30歳の時に終わりました・・・

現代の松下村塾になれるように

今、僕が全力を注いでいるのが

Golden Age Projectです。

これを本気でやりたいから

大好きな仕事を離れました。

ただ僕もGAPは

30歳で離れると決めています。

松陰に憧れているのもあります。

でもそれ以上に学生の気持ち、想いが

どんどん分からなくなっていくから離れて

バトンタッチしていった方がいいと思っています。

どんなに長くても

30歳で僕はGAPから離れます。

だから時間がないんです。

やりたいことは山ほどあります。

だから大好きな仕事を離れました。

人生において

何を大事にするのかは人それぞれです。

何を選んでも正解だし

何を選んでも後悔すると思います。

それでも自分らしくあれるように

僕はこれからも歩んでいこうと思います。

2014年度。

GAPは世界展開です。

仲間が世界に出ます。

また楽しみにしておいてください。

   本気で仲間を応援する。

   本気で仲間に応援される。

  最幸の瞬間を最高の仲間と共に。

今日も最後までお読みいただき

ありがとうございました。

Golden Age Project ZGM

国士舘大学トレーナー講座 講師

脇坂大陽